怪談

私は人一倍怖がりのくせに、昔から「怖い話」が大好きです。

でも霊感などは全くなく、自分で何かを見たり感じたりしたことはありませんし、実際に怖い体験をしたいとも思いません。

そんな私にも「あれは一体何だったんだろう」と今でも思い出す不思議な出来事がふたつばかりあるので、今日はちょっとその事を書いてみようと思います。

それはどちらも、昔内科病棟で働いていた時の出来事です。

ある日の夜勤中、確か23時から0時頃だったと思います。

気がつくとナースステーションの入り口の所に60代の男性患者、Aさんが立っていました。

Aさんはどちらかというと細身の小柄な男性で、いつも笑顔で気さくに話をされる方でした。

でもその時はぼんやりとした表情で腕をだらんと下げ、何だか様子が変でした。

ナースステーション内には看護師が3人いましたが、その様子を見てみんな入り口に集まりました。

「どうされましたか?」と声を掛けると同時に、左腕から血がポタポタ流れているのに気が付き「あら、点滴外して来たの?」と驚いて急いで止血をしました。

Aさんはぼんやりしているだけで特に問題はなさそうだったので、みんなで4人部屋のAさんの病室まで送って行きました。

時々寝ぼけて点滴を抜いてしまう人もいるので、Aさんもそうだったのだろうと思いました。

ベッドから点々と床に落ちている血液を掃除しながらナースステーションまで帰ったのですが、どうやらAさんはまっすぐナースステーションに来たのではなく途中寄り道をした様子で、一度階段ホールまで行き、そこから引き返した形跡がありました。

翌日の朝、仕事が終わってから前日の事が気になっていた私達は揃ってAさんの部屋に行き「昨日はどうされたんですか?」と尋ねました。

するとAさんはいつもの気さくな笑顔で「ああ、昨日はごめんね。あれはね」と話し始めました。

「寝ていたら起こされて、目を開けたら白っぽい服を着た人が側に立っていたんだよ。顔がよく見えなくて男か女かもわからなかったんだけど、その人が手招きをするからついて行ったんだ。そしたら階段のところに出たんだけど、下に降りる階段の両脇にずーっと下の方までロウソクが立っていて、それを見ていると、何だかこの先には行ってはいけない様な気がしてきて、引き返してそのままナースステーションに行ったんだよ。あれは何だったんだろうね。なんか夢でも見たのかな」

ゆっくりそんな話をし、首を傾げました。

私達は「そうだったんですね。でも階段を下りたりして怪我をしなくて良かった」と伝え部屋を出た後、思わず顔を見合わせました。

病棟は2階にありましたが、Aさんが誘われて行ったという階段をそのまま地下まで下りるとすぐ横に霊安室がある事を、患者さん達が知っていたはずはありません。

白い服の人が誰だったのかわかりませんが、階段を下りて行ったらどうなっていたのか。

Aさんはあの時命拾いをしたのでしょうか。

 

もうひとつの話も、同じ時期の同じ病棟での話です。

これもまた夜勤中、隣の病棟とうちの病棟で続けて2人の方がお亡くなりになりました。

0時過ぎにお見送りが終わって霊安室から戻って来ると、突然全館放送で「蛍の光」が流れ始めました。

みんなびっくりして守衛室に問い合わせたけれど何も触っていないとの事。

5分位で止まりましたが、それまで一度もそんな音楽が流れた事はありませんでした。

その夜は、その日亡くなった方の空きベッドからナースコールが鳴ったりもしているので、その方がお別れの音楽を流されたのかも知れません。

病院にいると色々ありますね。